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zoom RSS 伊達正宗の遣欧使の子孫がスペインに!日本姓はハポン。

<<   作成日時 : 2014/01/26 19:14   >>

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今からちょうど400年前、1年に渡る船旅を経てスペインの小さな漁村に降り立った日本人たちがいました。その子孫とされる人々は姓に「日本(ハポン)」を名乗り、今も同じ場所で暮らしています。日本とのかかわりはほとんどなかったのですが、両国の交流400周年を機に、自らのルーツに改めて関心を強めています。

「あんた日本人か。ハセクラの銅像を探しているんだろう」。スペイン南部セビリアからバスで40分ほどの小さな町コリアデルリオ。バスを降りて歩いていると、男性が陽気に話しかけてきたそうです。男性はアントニオ・ハポン(71)さん。ハポンは「日本」を意味するスペイン語です。「俺たちには同じ祖先がいるってことだな」と笑顔で肩をたたく。ハポンさんたちは400年前にスペインを訪ねた慶長遣欧使節に参加した日本人の末裔とされています。約3万人が住むこの街には日本姓のスペイン人約620人が暮らしているそうです。

江戸時代初期、仙台藩主の伊達正宗は家臣の支倉常長を大使として、大型使節団をスペイン国王やローマ法王のもとに派遣。使節団はメキシコなどを経由して出発してからちょうど1年が経った1614年10月、コリアデルリオに到着しました。支倉らはスペイン国王やローマ法王らに謁見するなどして1617年に日本に向かったのですが、帰国せず現地に土着した日本人もいました。この日本人たちがハポン性を名乗り、アントニオさんらの祖先となったと考えられています。

日本に帰国しなかった理由は明確になっていませんが、ハポン性の歴史に関する著書のあるアンダルシア国際大のフアンマヌエル・スアレス・ハポン教授(68)は、「この街に長期滞在したことで家族や生活基盤ができるなど愛着がわいたのだろう」と推測しています。日スペイン交流400周年をきっかけに多くのイベントが企画され、日本との関係は一段と深まっているそうです。昨年6月には日本の皇太子様がコリアデルリオを訪問、ハポンさんらと交流されました。多くの日本人を招いて茶道や書道、折り紙などを学ぶ行事も開催されました。

多くのハポンさんにとって特に「東日本大震災は自らのルーツにかかわる日本を意識するきっかけになった」と言います。ハポンさんらの容姿に日本人の面影はなく、日本語が話せるわけでもありません。それでも遠く離れた日本の大災害を知り、何人かのハポンさんは実際に被災地を訪れたそうです。コリアデルリオでは今も慰霊行事や慈善コンサートなどが開かれているそうです。

実はこのハポン性の由来は科学的に証明されているわけではりません。昨年10月には日本の研究者らが複数のハポンさんから血液を採取、日本人とのかかわりをDNA鑑定で探る研究を進めているそうです。しかし「鑑定の結果は重要ではない」と言い、支倉日本スペイン協会のファンフランシスコ・ハポン会長(44)は話しています。ファンフランシスコさんは最近、日本語の勉強を始め、2月にマドリードで開かれる日本語スピーチ大会に出ることを決めたそうです。「ハポン性のおかげで僕らは日本に関心をもち多くの日本人と交流できた。それで十分満足しているよ」と話していたそうです。

こういう話を聞くと何か嬉しく感じるし遠くのロマンを想像してしまいます。400年と言う歳月がたっても今だ「日本(ハポン)」と言う姓を持ち、それを誇りにしてくれていることには科学的な証明がどうあれ両国の国際交流が、こうした事をきっかけになおその輪が広がると素晴らしいですね。こうした出来事があったという事を多くの日本人も知っていてほしいですね。

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