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zoom RSS 52年前、あわや水爆落下で大惨事寸前だった! 広島原爆の260倍の威力!

<<   作成日時 : 2013/09/22 13:55   >>

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米ノースカロライナ州で1961年、B52爆撃機から水素爆弾が地上に落下し、爆発寸前だったことが分かりました。米ジャーナリストが機密指定の解かれた公文書情報公開法で入手した文書で明らかになったものです。

この水爆はTNT火薬で400万トン相当の威力があり、広島型原爆の260倍の威力があり、爆発していれば首都ワシントンやフィラデルフィア、ニューヨークなど広範囲に死の灰が降り、数百万人の命が危険にさらされる大惨事になっていた可能性があったと言います。

公文書は事故の8年後に核兵器の安全管理に関する技術者が作成したものです。それによると、61年1月23日、ノースカロライナ州ゴールズボロの空軍基地を飛び立ったB52が空中できりもみ状態となって墜落し、二個の水爆が空中で外れて牧草地などに落下したというものです。

うち1個は落下の衝撃で起爆装置が作動。4つある安全装置のうち3つまでが解除された状態で、最後の「低電圧の単純な」スイッチが残り、かろうじて爆発を免れたのでした。そのスイッチも「電気ショックで簡単にショートしやすく、そうなれば核爆発に至るところだった」として、安全装置の問題点を指摘していました。

冷戦時代の当時、米政府は全面的な核戦争に備え、複数のB52爆撃機を常に飛ばす「戦略パトロール」を実施。共産圏からの核攻撃に対していつでも報復できる態勢を整えていたのです。事故が起きたのは、ケネディ大統領の就任三日後。事故の存在が知られるようになっても、米政府は一貫して深刻な事故ではなかったと説明してきました。

公文書を入手したジャーナリストのエリック・シュローサー氏によると、50〜68年の間に核兵器に関する「重大な事故」は少なくとも700件あったことが分かったと言い、同氏は「核爆弾が事故で爆発する可能性はないと政府から聞かされてきた国民は、核に関する情報から意図的に遠ざけられている」と話しています。

こうした政府にとって不利な情報と言うのはどこの国も情報を隠したがるものであり、その歯止めになるものは情報の公開制度がしっかり決められているかどうかです。米国は場合、一定の年数後、情報が公開され過去の出来事が調べられるようになっていますが、その点、日本の情報公開制度はすべて公開されていないところが問題です。

しかし今回の問題は、運が良かったと言うだけでもし水爆が爆発していたら、世界中を巻き込んで、水爆や原爆の恐ろしさを知らしめたことになったほどの重大事故であり、不都合な真実から国民が遠ざけられていたことを証明しています。福島原発事故も、国民に不都合な情報はなかなか出されなかったし、今も隠された真実が政府に握られているのではないかと思わせます。

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