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zoom RSS 有田焼に新風を吹き込んだ素人社長。万華鏡で蘇る!

<<   作成日時 : 2012/10/28 22:55   >>

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有田焼は、佐賀県有田町を中心に焼かれる磁器で、積み出しが伊万里港からなされていたことにより、「伊万里(いまり)」とも呼ばれています。泉山陶石、天草陶石などを原料として作られていますが、磁器の種類によって使い分けています。作品は製造時期、様式などにより、初期伊万里、古九谷様式、柿右衛門様式、金襴手などに大別されています。また、これらとは別系統の献上用の極上品のみを焼いた作品があり、鍋島藩のものを「鍋島様式」、皇室に納められたものを「禁裏様式」と呼ばれています。江戸時代後期に各地で磁器生産が始まるまで、有田は日本国内で唯一、長期にわたって磁器の生産を続けています。特に江戸時代の有田焼を一般的に古伊万里と称していて、「なんでも鑑定団」という番組を見ているとよくこの言葉が出てきます。

磁器生産の先進国であった中国では明から清への交替期の1656年に海禁令が出され、磁器の輸出が停止しました。このような情勢を背景に日本製の磁器が注目され、1647年には中国商人によってカンボジアに伊万里磁器が輸出され、1650年には初めてオランダ東インド会社が伊万里焼(有田焼)を購入し、ハノイに納めました。これによって品質水準が確認され、1659年(万治2年)より大量に中東やヨーロッパへ輸出されるようになったのです。これら輸出品の中には、オランダ東インド会社の略号VOCをそのままデザイン化したもので、17世紀末ヨーロッパで普及・流行が始まった茶、コーヒー、チョコレートのためのセット物も人気がありました。

こうして17世紀後半から18世紀初頭にかけて最盛期を迎えた有田の磁器生産ですが、1684年の展海令などで景徳鎮窯の生産・輸出が再開され軌道に乗るにつれて厳しい価格競争に晒されることとなったことと、江戸幕府が1715年に海舶互市新例を制定し貿易の総量規制を行った事から、重量・体積の大きい陶磁器は交易品として魅力を失うことになってしまいました。そして1757年にオランダ東インド会社に対する輸出は停止され、以降は日本国内向けの量産品に生産の主力を置かざるを得なくなってしまったのです。今日、骨董品店などで多く目にするのは、こうした18世紀の生産品であることが多いのです。そして明治になると明治新政府の殖産興業の推進役として各国で開催された万国博覧会に出品され、外貨獲得に貢献する有田焼に期待が集まったのです。この明治伊万里は第四の伊万里様式美として研究され、確立されつつあり、万国博覧会の伊万里と称されるようになったのです。

ところが近年、有田焼の売り上げが最盛期の7分の1までに減少してしまっているのです。今も住民の6割が有田焼に関する仕事についていることもあり、町全体が不況に喘いでいたのです。そんな有田焼の将来を危惧した人物がいました。それが有田焼とは関係のない仕事をしている段ボール制作会社の石川社長です。17世紀にヨーロパで「白い銀」と称賛され大ブームを引き起こした有田焼ですが、それを現代に蘇らせようとしたのです。しかし資金もなければ知識もない素人である石川社長が考えたことは、「成功への一番の近道は衆知を集めることだ」と有力企業に力を合わせて有田焼を蘇らそうと呼び掛けたのです。しかし最初はそれぞれの会社には独自の技術と言うものがあるので、それを他者に教えるようなことはできないと拒まれたのです。

しかし石川社長には有田焼を蘇らせる方策があったのです。大病を患い入院した時、病室に持ち込んだ万華鏡が寝たきりのおばあさんや看護婦さんが笑顔になった姿を見て、有田焼で万華鏡を作ればきっと町や人を元気にさせるに違いないと考えたのです。しかしそこは素人、一人では何もできないこともあり皆の英知を集めればきっと作れると考えたのです。しかし、有田焼で万華鏡を作ろうとするとコンマ数ミリの誤差で万華鏡の筒を作らなければならなかったのです。この困難なプロジェクトを進めるには、地元の12の異業種のプロの知恵と技術を結集させなければならなかったのです。有田焼は需要がどんどん減っているのでこのままでは有田焼が消滅してしまうと危機感を訴え、その危機感が有田焼のプロたちを結集させる原動力となって、困難を乗り越え世界初の磁器製万華鏡を完成させたのです。

外国からの訪問者の誰もが万華鏡を「魔法のような芸術だ」と称賛の声を上げるのです。こうして400年の有田焼の歴史に新風を吹き込んだのです。この成功により、さらに万年筆まで作ったのです。2008年の洞爺湖サミットでは、各国の首脳に送る贈答品としてこの万年質が選ばれたのです。そして今、石川さんが新たに挑戦するのは、ヨーロッパで「第二の名詞」と呼ばれる腕時計です。極薄の文字盤に有田焼の繊細さや絢欄さを表現し、さらなる有田焼の可能性を世界に発信できるのか?それは革新的なプロジェクトで有田焼に新風を吹き込んだプロジェクトリーダーである石川社長の腕にかかっているのです。そうした取り組みをしている石川社長に日本人としてエールを送りたいと思います。

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