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zoom RSS 恨み(ハン)の500年とは!

<<   作成日時 : 2012/09/26 23:29   >>

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最近、中国や韓国の間でギクシャックした関係が続いていて、中国と韓国が領土問題で共同歩調を取ると言う記事も出ていました。そして中国にしろ、韓国にしても、いつまでも日本の戦争行為に対して機会あるごとに反日運動を繰り広げています。ここで思い出すのは「恨(韓国語ではハン・日本語ではコン)みの500年」と言う言葉です。これとよく似た言葉に怨と言うのがあります。日本語では怨も恨も同じ意味で使われていて区別して使われていません。それ証拠に怨恨と言うような使われ方をしています。

しかしこれが韓国になると怨・恨はそれぞれ別の意味を持っているそうです。恨 (こん)は、仏教が教える煩悩のひとつで、自分の気に入らぬ人を怨み続ける心だそうです。 恨を心に持つ人は、これを押さえつけることができず、このような人は平常心を持つことができず、常に煩悶たる生活を送るとありました。そして怨はと言うと、怨はエンともコンとも読み、どちらも恨みと言う意味です。

韓国の文化大臣でもあった李御寧氏の恨(ハン)の文化論(韓国人の心の奥にあるもの)と言う本では、民話や歴史的なドラマを分析して日韓両国民の感性を比較しています。それによると、韓国文化の母体となっているものがそもそも「恨の文化」だと言います。日本語では恨みは怨・恨と言う字が当てられ、ほぼ同じ意味で使われますが、韓国ではその言葉は区別されなければならないと言います。

すなわち怨は他人に対して抱く感情であって、外部の何者かについて抱く感情の塊だそうです。これに対して恨はむしろ自分の内部に沈殿していく情の塊だと言います。怨みは熱っぽく復讐によって晴れますが、恨は冷たく解くことができないそうです。怨みは憤怒、であり、恨は悲しみだと言います。怨みは火のように炎々と燃えるが、恨は雪のように積もるだけだと言います。

恨が冷たく雪のように心のうちに積もり続けているものなら、いつかそれは溶けることはあるのでしょうか?それとも長く積もり続けたことで氷河のように固まり溶けることはないのでしょうか?このように韓国人の心に積り続ける恨の感情は、日本人の祟りとか鎮魂の感情とは違っていると言います。

そしたものが、日韓の間には溶けきれない壁としてはだかっているのかもしれません。確かに韓国の嫌いな国に日本が上げられています。しかし日本と言う国は嫌いだが日本人個人としては個々の付き合いを通して親しみを感じているとも言っているそうで、必ずしも嫌いと言うわけでもないのです。好きだと言う人もいるでしょう。この屈折した感情は「恨の500年」と言う文化から来ているのかもしれません。

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